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笑門来福 2026.1.10

  • 執筆者の写真: 儘
  • 1月9日
  • 読了時間: 2分

新しい年、いかがお過ごしですか?「笑門来福」は私の好きな言葉です。

このところ、街歩きボランティアにかかわる時間が多いんですが、たった一人でガイドするならいいけれど、複数のガイドと一緒にご案内するときは、事前の打ち合わせなど、結構濃い交流の時間が必要となります。そうすると、「あの人とは一緒に活動したくない」という話がちょいちょい出てきます。ま、人間関係、全部の人と仲良く暮らすのは難しく、人の良しあしではなく、「相性」ってものがあるので、そのこと自体がどうこうとは、思いません。ただ、「その人がどんな人なのか」は誰が見るかによって見解が違います。

私はどうも人間関係に関するセンサーが弱くて、「眉をひそめるような人」「近づきたくない人」と目されている人でも、私自身はその人からそんなに嫌な思いをさせられたことが無い、というのが大半です。一つには、自分いつもへらへらと笑っているからかも?と思います。自分とは合わない、と思ったら近づかない、面と向かって相手に意見することが無い、ということかもしれませんが。

街歩きガイドのほかに、手話のイベントを主催していますが、そこであった人に「儘さんはいつも口角が上がってる(笑顔でいる)」と言われたことがあります。そのためか、その会を立ち上げたときには同じようなイベントがたくさんあったのに、その後もずっと続いているのは自分の会くらいです。

若いときには「これは一大事」と思ったことでも、長く生きているうちに、「それは大したことではない」と思えるようになります。残り限られた人生、ぷりぷり怒って過ごすより、笑顔を交わしながら生きる方が幸せってものではないでしょうか。

人とかかわって、そこに摩擦があって、だからこそお互い高めあえる、ということはあるけれど、長く生きていれば、もう、高みを目指すこともありません。摩擦は無いに越したことはありません。摩擦を減らすのに、笑顔は役立ちます。

お多福の顔は、いつも笑顔。笑顔があれば福が来る。

皆さまにとって笑顔あふれる年、福がたくさん訪れる年となりますように。


 
 
 

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